
本物の七夕まつりを再現します。
- 1 「天のすす払う七夕飾り」を再現
- 2 「七夕七遊」を再現
現在日本で継承されている七夕まつりは、日本の古式ゆかしいスタイルではありません。本来の七夕まつりは、天漢(天の川)を汚す煤(闇)を払うが如く笹ぼうきを屋上に高く飾りつけ、七遊(七にちなんだ遊び)を催して七夕を愛でるものでした。
しかし、明治政府によって明治6年に五節句(江戸時代の式日:人日1/7、上巳3/3、端午5/5、七夕7/7、重用9/9)が廃止されると、竹竿が外されて笹だけとなり、ひっそりと軒下に飾られるようになり、七遊も忘れ去られました。
1 「天のすす払う七夕飾り」を再現
江戸時代の人々は、「笹ぼうき」で天の川の煤(スス)を掃除していました。長生高校の社会科研究部が、江戸時代の浮世絵などを参考に「笹ぼうき」の七夕飾りを再現しました。飾りの張子は、浮世絵に見られるスイカ、ひょうたん、鯛、大福帳などを制作。張子のほか、吹き流し、短冊などを紅花、キハダといった昔ながらの染料を使って着色し、笹ぼうきに飾りつけました。江戸時代の七夕飾りをお楽しみください。
- ★展示会場 :
- ショッピングプラザ・アスモ(屋上・センターコート)/茂原市高師1735
- ★復元者 :
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千葉県立長生高校 社会科研究部 (社会科研究部顧問 各務敬 先生)
※「笹ぼうき」の七夕飾りは7月10日(金)・11日(土)の長生高校の文化祭で展示されたあと、現在は既にアスモにて展示中です。
2 「七夕七遊」を再現
江戸時代まで行われていた『七夕七遊』を再現します。七遊とは七にちなんだ遊びのことです。かつての日本には七遊がたくさんありました。茂原駅前通りのフェスタ21会場で、『七夕七遊』の夕べをお楽しみください。
- ★会場 :
- 茂原駅前通りフェスタ21会場/茂原市高師846
- ★七遊 :
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一)七十首の七夕川柳・俳句
二)先着70名ストラックアウトBINGO大会
三)飲料七本お買上げに景品
四)7チームでキリン銘柄当てクイズ
五)恋愛成就七献奉納(※1)7月24日(金)午後2時30分~16時20分(開会式中)
「七調子の管弦」をお楽しみください。音楽を楽しむ、これも七夕七遊の一つでした。しかし、雅楽に現存しているのは六調子です。失われた性調の曲を模索して、七種の調子のオリジナル曲や七拍子のオリジナル曲を演奏します。
- ★会場 :
- 茂原駅前通りフェスタ21会場/茂原市高師845
- ★開演時間 :
- 7月24日(金)午後2時30分~16時20分(開会式中)
- ★七遊 :
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六) 七調子の管弦(※2)
七) 七拍子の郢曲(※3) - ★楽器 :
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七弦琵琶ギター/高谷秀司http://www.takatani.com/
ギター/マサ大家http://www.soundvillage.co.jp/oye/oye.html
尺八・竹太鼓ウドゥブー/ネプチューン海山
http://www.awa.or.jp/home/jneptune/ - ★作曲 :
- 性

- ※1:恋愛成就七献奉納
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牽牛織女の伝説に因んで、異民族の融和による平和を祈願し、また、恋人が現れて結ばれるように天漢(天の川)に祈願し、7杯の酒を飲みます。
一献、一番大好きな人に、献杯
二献、にっこり、献杯
三献、みんなに、献杯
四献、四つん這いになって、自分が食べた命に、献杯
五献、ご先祖様に、献杯
六献、むこうの国の人たちに、献杯
七献、七夕の星たちに、献杯、願いが叶いますように - ※2:七調子の管弦(七調子の楽曲を作曲し実演する)
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7月24日、駅前通りのフェスタ21会場にて、近世・現代史上初めて『七調子の管弦』奉納を再現します。
- ◆現代の雅楽では、七調子の管弦は再現できません。雅楽は、当初は大宝律令に定められた外来音楽で、インド、ペルシャ、ベトナム、中国、朝鮮、渤海の様々な調子が唐楽や高麗楽として日本に渡来し、後に日本の音楽を融和して変化してきました。明治以降、六調子に編纂されて演奏のテンポがどんどん遅くなり、また編纂されなかったものは廃絶しました。そのため、七調子の管弦を奉納するためには、もう1つの調子を加える必要があります。
- ◆六調子の楽曲は、六つのそれぞれの調子と洋楽の共通する音階でもって、次世代に継承しやすい音楽を新たに作曲しました。それは、編纂された六調子を江戸時代のように軽快なテンポで実演すると、洋楽を教育された耳には調子外れで不快なサウンドに響いてしまうからです。
- ◆七調子目の楽曲には、江戸時代の官学であった朱子学の「性即理」に因み、また世界で初めて農業協同組合を作った房総の大原幽学の「性学」に因んで、「性調」を当てることにしました。廃絶した「性調」を探るに当たっては、「性調」の代表楽曲として記録にのこる「王昭君」を、中国古典歌劇「昭君出塞」に尋ね、そこで使用されている調子と洋楽との共通の音階を使って新たな楽曲を作曲し、実演します。なお「王昭君」とは、七夕の物語同様、遊牧民に嫁いだ漢民族の女性です。
- ◆管楽器は、貞保親王(清和天皇の第4皇子)が楽曲「王昭君」を尺八の譜から再興したことに因んで、尺八で実演します。
- ◆弦楽器は、王昭君が馬上で抱えていた琵琶に因み、また和合の精神に則って、琵琶が西回りで欧米の音楽と和合して還ってきたギターで実演します。
- ◆打楽器は、浮世絵に見る七夕の笹箒に因んで竹製の太鼓・ウドゥブーで実演します。
- ※3:郢曲 (えいきょく)=卑俗の歌、流行歌
- ■資料1:廃止された五節句
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太政官布告第1号(1873年:明治6年1月4日)
今般改暦ニ付人日上巳端午七夕重陽ノ五節ヲ廃シ神武天皇即位日天長節ノ両日ヲ以テ自今祝日ト被定候事
出典:理科年表オフィシャルサイト/国立天文台編
http://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/koyomi/koyomi_007.html - ■資料2:本物の七夕まつり
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浮世絵によると、笹ほうきに、赤色・黄色の2色で飾りがつけられているのがわかります。
浮世絵の七夕資料としての価値は、1797年に松平定信が著した『退閑雑記』に、浮世絵のみが江戸時代の習俗を遺すと記していることから、七夕の重要資料と評価できます。
――いま画といふものは、浮世絵なりといふは激論なり。されど唐の十八学士の図をみて、そのころの服をもしるぞかし。かの春日石山の縁起、年中行事の画ありて、その頃その頃の衣服宮室武器、その餘の調度の製をもしるべし。~(中略)~さればこのうき世絵のみぞ、いまの風体を後の世にものこし、真の山水をものちの證とはなすべし。――
『退閑雑記』松平定信(1797年)――6日 今朝未明より、毎家屋上に短冊竹を立てる事繁く市中には工を凝して、いろいろの作り物をこしらへ、竹とともに高く出して、人の見ものとする事、近年のならはし也、――
『古事類苑』歳時部‐臣庶乞巧奠‐「東都歳事記三 七月」(1838年刊行)――江戸ニテハ児アル家モ、ナキ屋モ、貧富大小ノ差別ナク、毎戸必ラズ青竹ニ短冊色紙ヲ付ケ、高ク屋上ニ建ルコト、――
『古事類苑』歳時部‐臣庶乞巧奠‐「守貞漫稿」(1837年より起稿) - ■資料3:五節句廃止前の七夕七遊
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――七月七日七遊といふ事、ふるくは物にみえざれども、此事のはじまれるは、南北朝両朝の頃よりや初りけん、其證は七月にもなりぬ云々、七日は七百首の詩、七百首の歌、七調子の管絃、七十韻の連句、七十韻の連歌、七百の数のまり、七献の御酒なりと
――中略――
ことごとく七数をそなへて、遊を設けられしかば、七遊とこそいふべけれ、以下は、たゞ七種の遊を設けられしのみなれば、七つ物といひ、七種の事といひ、けふの御遊七色などヽありて、七数を用ゐざるは、時の興廃によりてかはれる也、親長卿記*には、鞠、柳弓、郢曲*、和漢五十韻、和歌、七盃飲とみえたるを以ておもふに、七の数を用ゐたるは、七盃飲の名のみ也、和漢五十韻とあるにても、他は七数を用ゐざる事しられたり、諸家の記に御遊の品異同まちまちなり、此等の事は其時代時宜によれば、彼を是とし此を非とするにも及ばじ、――略
『古事類苑』歳時部‐七遊 七物‐「古今要覧稿-時令」(1810年より幕府が編纂)*注釈)親長卿記:1470~1499





