歴史・文化

「歴史・文化」を含む観光スポット一覧

茂原市立美術館・郷土資料館

茂原市立美術館・郷土資料館

全国的にも珍しい「美術館」と「郷土資料館」の複合施設です。茂原公園を散歩しながら、気軽に芸術文化に親しむことができます。美術部門では、速水御舟の初期作品など、郷土ゆかりの作家を中心とした作品や資料などを収集し展示しています。市民の作品展などの他、郷土ゆかりの作家の企画展や地域をテーマとした展覧会などを年1〜2回開催しています。郷土部門では、茂原市の資料を考古・民族・歴史の3部門を中心として収集し。調査研究及び保存に努めるとともに展示により一般公開しています。
藻原寺(そうげんじ)

藻原寺(そうげんじ)

JR茂原駅徒歩30分。茂原駅より長南方面行きバス7分、藻原寺バス停下車徒歩5分。日蓮宗の名刹。身延山久遠寺の系統で、東身延と称されています。本堂唐門向拝彫刻は市指定の文化財となっています。
橘樹神社(たちばなじんじゃ)

橘樹神社(たちばなじんじゃ)

JR本納駅より徒歩10分。祭神は弟橘媛。橘の木を媛の墓標としたのが橘樹神社の由来とされる。毎年体育の日前日に例大祭があり、3年に一度神輿と山車が町内を練り歩きます。(次回は平成24年)また橘樹神社社叢(しゃそう)は市の天然記念物です。
茂原牡丹園

茂原牡丹園

牡丹250種、芍薬50種と江戸時代後期築の民家、1837年築の長屋門があります。4月下旬~5月上旬開園。JR茂原駅より小湊バス15分、舟着神社前下車徒歩5分。
荻生徂徠勉学の地/荻生徂徠母の墓

荻生徂徠勉学の地/荻生徂徠母の墓

江戸時代の大儒学者、荻生徂徠の碑があります。延宝7年(1679)に父・方庵が主君綱吉の怒りにふれて江戸を追放され、一家で本納村(現:茂原市本納)に移り住みました。徂徠は青年期の13年間を本納で勉学に励み、その後江戸にもどって儒学者としての道を開いたのです。
鷲山寺(じゅせんじ)

鷲山寺(じゅせんじ)

藻原寺の西隣に端正な大屋根をそびえさせているのが八品派(本門法華宗)の大本山鷲山寺です。江戸時代には断食、水浴、信仰によって万病を癒す寺として有名でした。茂原駅よりバス7分、藻原寺下車徒歩5分。
本納城跡

本納城跡

室町末期(1529年)造営の山城の遺構。房州里見の支城でした。天正18年(1590年)に徳川家の旗本の知行地となり廃城。本、中、下城址、削壁、抜穴、袋狭間、狼火台址等々、中世山城の遺構を多く今もとどめている貴重な城跡。「蓮福寺史跡」として市指定の史跡となっています。
掩体壕

掩体壕

掩体壕は戦争中に作られた施設で、敵機の攻撃から飛行機を隠し、守るためのものです。
大型のものでは面積365平方メートル、高さ6.7mあります。近辺に11基残る掩体壕のうち、写真は茂原市が管理しているものです。
下永吉の庚申供養塔

下永吉の庚申供養塔

下永吉の庚申供養塔は高さ75.5cm、文久4年(1864年)作の新しいものですが、庚申の本尊である六臂の青面金剛が、宝剣と弓矢を持ち、足下に邪鬼を踏む図柄で、彫刻も優れています。台石には「見ざる」「聞かざる」「言わざる」の三猿が配してある典型的な庚申等です。江戸時代後期の庚申塔は「庚申」の文字のみで表されているものが多く、この塔のように造作の揃ったものは市内に少なく貴重です。
千葉眼科記念館

千葉眼科記念館

千葉眼科医院は、寛政6年(1794年)以来七代200年に及ぶ歴史をもち、旧診療棟が眼科記念館となっています。各種診療器具、古文書など貴重な資料が展示・保存されています。入口右側には、100年以上の風雪に耐えた「永吉の眼科」の看板、中に入ると土間と4畳半の待合室があります。待合室は昭和17年頃一部手直しされ、その後復元工事が行われ、現在では開業時のまま復元されています。

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